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今日もビールがうまい

よくブログタイトルを変えたくなるブログ

2017 メモ

01/09 浅草橋ツバメスタジオ謝恩会@秋葉原GOODMAN

(OSRUM,skillkills,Luminous Orange,マヒトゥ・ザ・ピーポー with NEVER END ROLLERS他)

01/13 BODY-20170113-@代官山UNIT

(THE NOVEMBERS,Lillies and Remains,PLASTICZOOMS)

02/10 DIR EN GREY@東京国際フォーラムホールA

02/12 THE NOVEMBERS@新代田FEVER

02/25 James Blake@東京国際フォーラムホールA

02/26 THE NOVEMBERS@新代田FEVER

03/09 Bo Ningen@代官山UNIT

03/21 sukekiyo,MERRY,メトロノーム@新宿ReNY

04/09 After Hours'17

04/14 COALTER OF THE DEEPERS,GOATBED@東京キネマ倶楽部

04/16 THE NOVEMBERS@都内某所

04/29 安部公房「城塞」@新国立劇場

05/25 dCprG@WWW

05/26 THE NOVEMBERS,blgtz@WWW X

05/27 THE NOVEMBERS@WWW X

05/28 OGRE YOU ASSHOLE,D.A.N.,ROVO@日比谷野外大音楽堂

06/04 STEREO.C.K,DALLE,夜,More@目黒鹿鳴館

06/11 SUGIZO,INORAN@Zepp Tokyo

06/13 sukekiyo@東京国際フォーラムホールC

07/28~30 FUJIROCK FESTIVAL'17

08/01 Sigur Ros@東京国際フォーラムホールA

08/11 Kis-My-Ft2@横浜アリーナ

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最近の生活

出不精をこじらせている。ライブや映画のチケットが手元にあるにもかかわらず、行かないということもしばしば(もったいない)家にいるばかりの生活。外に出るのも週に2回ほど。なにかが逆転している。

昼過ぎに起きて、朝ごはんを食べてコーヒーをすすりながらネットサーフィンして、読書して、晩ごはん食べてネットサーフィンして…という生活。今まで出ずっぱりだったので、こんな生活もおもしろいんだなぁと思う。願わくは一生こんな生活でもいいかもしれない(と思うところまで堕ちた感はある)

およそ5ヶ月間このような生活をしていて習得したのは、おそらく本を速く読むスキルだと思う。もりもり読んでいる。今年は100冊を目標にしていたのにもうすぐ達成しそう。

面白かった本とか「うおおおおお!」と思った音楽とか事件とかを、がああああっと書きなぐってみるのもええかもしれん。

来月になったら否応なく早起きの生活が待っているので、最後のモラトリアムだと思って残りわずかの出不精生活を謳歌したい。

うーん。。とってもどうでもいい出不精だな、わたしは。

追記:キスマイのコンサート当たった

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0212 THE NOVEMBERS Yoshiki presents「Modern Covers」at 新代田FEVER

https://www.instagram.com/p/BQ2WmfoBz-8/

2017年初めてのFEVER。初めての更新。(90日以上更新しないと広告が表示される仕組みだなんて知らなかったヨ)

THE NOVEMBERSのメンバープロデュースワンマン初日、吉木さんプロデュースデイを。テーマは他アーティストのカバー。あとドレスコードは黒禁止。あまり黒い服を着てライブに行かない身ですが、「そうかそうか」と思ってクローゼット見たら驚いたよね、服がない。今年の目標は服に興味を持つことかもな。

1曲目からRideのDreams burn downで脳天フル回転させられてしまった。NOVEMBERSを初めて観たときのSEなんだもの。そこからのMisstopia。ぶち抜かれるってよりも、当時の記憶がまざまざと蘇る。

NOVEMBERSの系譜を振り返るようなセットリストだったといっても過言ではない。Charaの「話してその尊い未来を」は、2013年の出来事だし、Back Drop Bombのカバーは2014年。懐かしさが溢れる。そして、私も歳をとっているけれども、思えばバンドも歳を重ねているんだなってことにも気付かされる。

そしてhide「DOUBT」から黒い虹へと繋がり、「dysphoria」「1000年」と胸ぐらを掴まれる。『Hallelujah』がリリースされた頃、「1000年」はhideへのオマージュであると小林さんがTwitterで呟いていたことを思い出した。

THE NOVEMBERSを形作るものの片鱗がみえた。音楽(ひいては芸術全般)は要するに先人の模倣の歴史なのだろう。体のなかに染み付いた記憶が結びつき、新しい記憶を誘発していく。根本のフォームが変奏されながら複雑化していく。音楽は時間の芸術でもあり、さらにライブはそこに空間軸が加わる。ライブって、途方もない空間を彷徨う砂のようなミクロな感覚なのかもしれない。

思えば去年のCOASTを終え、何度かNOVEMBERSのライブに足を運んでいたけれども「何かが足りない」、そんなことをふと考えさせられることがしばしばあった。埋まらないピースを探すかのような所在ない感覚といえる。楽しいけれども何かが違う、といった。

しかし、1ヶ月ぶりにNOVEMBERSを観て「あ、埋まった」と思った。胸をなでおろした。彼らのライブをかれこれ4年ほど観てきて私がこの頃感じていることは、「鈍感さも受け入れている」ということ。

バンドにおける鋭さは本当に大切で、それだからこそ聴き手を魅了できるに違いない。手を変え品を変えガンガン攻めていく姿勢。しかし、実は「鈍さ」もある程度必要なのでは?と、私は思う。自分たちのできる範囲を客観視し、守っていく姿勢。その一段階を経てバンドは熟し、新たなステップへ昇ることができる。

おそらく今のNOVEMBERSは、攻めというよりも着実に周囲を固めている時期なのだと思う。そして、そこから取捨選択して、またガンガン攻めていくだろう。ときに取捨選択において、今まで鎧だと思っていたものが要らないものとなることもあるだろう。そのようなバンドにおけるダイナミックな変化が、やっぱりたまらないんだよな。でも一方で、じわじわとバンドが熟していく姿をみるのも、たまらないんだよな。

ひとつのバンドを観つづけると、音楽性はもちろんだけど1人の人間の人生をトレースできているようで、味わい深い。飽き性の私がここまで没頭できる存在があることに驚きを感じている。

1111 THE NOVEMBERS 11th Anniversary & 6th Album Release Live “Hallelujah” at 新木場STUDIO COAST

https://www.instagram.com/p/BMrAmcDg9-Z/

これぞ正真正銘の爆音の祝祭。そして、爆音の洗礼を受けてきた。身体中すみずみに立ちこめる香ばしい爆音のにおい。私はきっとそのにおいを忘れることはないだろう。

爆音が轟き、あまりの強烈さに足を竦ませるどころか寧ろ裸足で走り出したくなった。どんな石ころにも、ガラスの破片にも気づかないくらい、夢中になって走り続ける。どこまでも行ける。

人生が1本の映画だとしたら、この日のTHE NOVEMBERSのライブは、音楽がメガホンをとって撮影した映画のようだった。

 

追記:とても幸せなことながら、この日のライブのレポートを執筆いたしました。ぜひご一読いただければうれしいです。よろしくお願いいたします。

one-tongue.net

0911 THE NOVEMBERS presents 首vol.13 -Redder than Red- at 渋谷CLUB QUATTRO

https://www.instagram.com/p/BKNWyNnhVaJ/

ありがとう、The Birthday。ありがとう、THE NOVEMBERS

気づいたら泣いていた。ライブハウスは生を実感する場所だ。

開演待ちに不注意でビールをフロアにぶちまけ、周囲に迷惑をかけてしまい、どうしようもないクズだと思った。数百回とライブハウスに足を踏み入れてきたけど、こんなこと初めてだ。手に持っていた文庫本もぐしゃぐしゃになっていた。読めない。

The Birthdayを観るのは、先月のTHA BLUE HERBとの2マンぶり。2回目のチバユウスケである。先月はPA後ろから観ていたのでフロアの様子を掴むことができなかった。だから「こ、こんなに激しいのか」とメンバーがステージに登場したときに初めて知った。マジかよ、私、重装備だよ。

しかし、思いの外人の汗にまみれ、右へ左へ、前へ後ろへ押しくらまんじゅうになる感覚はたまらなく懐かしいもので。DIR EN GREYに通いつめていた頃は2,3列目へ突入、なんてこともあったので、満員電車以上の人混みには慣れていた。でも汗臭さが苦手であるときをきっかけにフロア後方で観るようになってしまった。だからこの感覚は、母親の腕の中に戻ってきたような懐かしさでいっぱいで、「私はやはり、こういうところで揉みくちゃにならなきゃいけないんだ」と確信した。たしかに汗は散るし腕は当たるし痣だらけになる。まるで戦場だ、ライブハウスは。私は戦場に戻りたかったんだ。ステージとフロアが見えないヴェールで遮られることなく、ひとつに融け合う、そんな色が「赤」なんだ。正直The Birthdayの曲はほとんど知らない。けれども闇と光と、汗と音と、匂いに「赤」が充満していく。ここは私の居場所なんだ、と実感させられた。血でも薔薇でもない。「赤」だ。身体だ。興奮で赤く火照りゆく、この身体そのものだ。

どうしようもない。気づいたら拳をつきあげながら口ずさんでいたんだもの。「ここにずっといたかった」「この時間がいつまでも続けばいいのに」と何度思ったことだろうか。

着ていたワンピースは汗でぐしゃぐしゃになるし、周りはバンTを着た人ばかりだったので、浮いた。5年前のDIR EN GREYのライブで、ライダースを羽織りながら京さんの最前に突っ込んだ友人を思い出す。あれっきり連絡のとれていない彼は元気だろうか。彼もあのとき、私と同じ心境だったのかもしれない。

THE NOVEMBERSがはじまる。1曲目はわたしが多分、新譜のなかで一番好きになる曲だと思う。絶対そうだ。牧歌のような、長閑な、そして夏の終わりのくせに夏の始まりのような匂いがする曲だからずるい。背中に羽が生えてきてどこかに飛び立ってしまいそうなくらい、軽快でリズミカル。

Figure0、そして3曲目(新曲)、dnimへのハードな流れ。こんなに踊っている人が多いノーベンバーズのライブは、初めてだった。しかも後ろのほうからケンゴさんの名前を叫ぶ野郎どもがいるんだから最高だ。私も叫びたかったんだよ!!!!!!!!!!

一息おきつつ、エメラルド。イントロを弾く前の空気のかおりがFlower of lifeのようだったので、久しぶりに聴けるのかと思ったら勘は外れてしまった。エメラルドはライブで聴けば聴くほど好きになる曲。

鉄の夢からBlood Music.1985、こわれる、そして黒い虹、とグイグイと首をもっていかれた。頭を振らざるをえない。そして、心よりも身体が動きだしてしまって、ついに拳をあげる始末。本当に「気づいたら拳をあげていた」という感じで。なんなんだ、なんなんだ。いったいなにが起きているんだ。ヘドバンと拳をあげることは私の最終兵器なのかもしれない。いや、そうでしょう。「数々の戦場をくぐり抜けてきたex.虜の私にとってその2つは武器なのよ」と心して言いたい。この戦場は、踊ったもの勝ちだと思う。楽しめ。自らの目で観、耳で聴き、手で、足で、体全体を使って踊り狂え。感じろ。それがこの世界のすべてだ。

「生きてる」ことを実感した。世の中ではいろいろな音が鳴っている。あの日あの時あの場所で、轟音やシャウトが美しく響いていたのだ。しかし、同時に地球の裏側では銃声が鳴り響き、1人の人間が殺されていたのかもしれない。そんなことがありふれた世界だ。もしかしたら、銃声を聞き、銃弾を打ち込まれて死んでいく者に私はなっていたのかもしれない。そんなことを感じて、身震いした。もちろんクアトロに私がいることにも震えたし、撃たれ死んでいた人間になっていなかった奇跡にも震えた。ロックの真骨頂は、そのような「奇跡」だと思う。自由だからこそ、危険が戸惑う。そんなヤバさと背中合わせなロックのあり方にゾクゾクする。そして、身震いすればするほど生きていることを実感する。生半可なものやその場の空気・協調性なんてロックには必要ない。全力で踊り狂え、感じろ、感じろ、ただひたすら感じろ。すべてに身をゆだねろ。身体を貫き刺す音や匂いや視覚のなかの、指でさえつまめない位小さくて見えなくて訳のわからないものが残るはずだ。そんな行為が「生きる」ことなんだと思う。Redder than Redの「Red」たるものは、肉体そのものだ。

これぞ正真正銘のハレの日だった。

  1. I KNOW
  2. FULLBODYのBLOOD
  3. LOVE GOD HAND
  4. カレンダーガール
  5. 涙がこぼれそう
  6. 爪痕
  7. Red eye
  8. Shan Shan
  9. くそったれの世界
  10. なぜか今日は
  1.  New Song1
  2. Figure 0
  3. New Song2
  4. dnim
  5. エメラルド
  6. New Song3
  7. New Song4
  8. 鉄の夢
  9. Blood Music.1985
  10. こわれる
  11. 黒い虹
  12. 今日も生きたね
En.dysphoria

 

『箱庭のガッコウ』に参加してみた

6月、7月と2回にわたって大好きなメディアのワークショップに参加しました。『箱庭』とよばれるメディアです。「女子クリエーターのためのライフスタイルつくりマガジン」と銘打っていますが、わたしのようにクリエーターでなくてもアートが好きな人にぴったりのメディアだと思います。

かれこれ10年近く好きなことをブログに記すことが趣味のひとつだったのですが、そのおかげか、昨年末よりメディアで記事を書かせていただくことがたびたびありました。そんなことを積み重ねていくうちに、このブログを始めたばかりの頃(2014年春)の文章をあらためて読み返してみると、恐ろしいほど稚拙で、小学生の書く作文のようなものばかりで恥ずかしく思います。

『箱庭』は昨年の秋ごろに知ったメディアです。ある編集者主催のイベントに登壇されていた方が『箱庭』のキュレーションを行っている方でした。それをきっかけに『箱庭』をチェックするようになり、メディア主催のワークショップこと『箱庭のガッコウ』を知ったにいたります。

5月頃Facebookで『箱庭のガッコウ』が開催されることを知り、応募しようと思ったところ……参加費が2万円弱と学生の財布にはやや厳しいお値段。そのため、『箱庭』のキュレーターの知り合いに相談してみました。「絶対にためになるよ! きっとmekちゃんにぴったりだよ」とゴリ推しされ、それを信じて参加することに。

『箱庭のガッコウ』は、計2日間のワークショップ。1日目にキュレーション記事の作成方法等を学んだのち、グループをつくります。そのグループで試しに記事を作成し、2日目に各グループで記事を持ち寄ってどの記事が気に入ったかどうかを決めるのです。そして見事優勝したグループの記事は『箱庭』に掲載される仕組みになっています。

1日目

『箱庭』のオフィスは代官山にあります。UNITの近くなので、音楽好きの方には地図を見ればわかりやすい場所にあるかと。わたしが参加した日は、オフィスが荻窪から移転したばかりのホヤホヤの状態のオフィスでした。そのためか木材のにおいが漂っていて「ほんとうに代官山にいるんだろうか」という気分。ですが、窓の外から東横線日比谷線が走る音が聞こえてくるので、「都会やなあ」と感じさせられました。

ワークショップのメンバーの自己紹介を終えて、休憩をはさみつつ約5時間にわたってキュレーションの講義が行われました。

主な内容がこちら

  • キュレーションの定義
  • キュレーションをする際のビジョンの決め方
  • 記事製作時のルール(投稿する時間帯やSNSへのシェア方法など)
  • ネタの採集テクニック

驚いたことは、ネタの集め方がわたしと殆ど同じだったことです。とはいえ、わたしの場合毎日のようにチェックするメディアがGIZMODOくらいしかないので、もう少しじっくりと読むメディアを増やしていきたいと思いました。

また、佐々木俊尚さんのキュレーションの定義にも相槌を打たざるを得なくて。

無数の情報の海のなかから、自分の世界観や価値観に基づいて情報を拾い上げそこに新たな意味を与えて、多くの人と共有すること

まさに今までわたしが10年近くぽちぽちとキーボードを打ってきたことに近いのかもしれません。(文章は小学生レベルでしたが) ブログ時代に比べて誰もがSNSアカウントを持つ時代になった今では、気軽に自分の価値観を発信できるようになったはず。炎上や晒しも目立ち始めてしまった側面もありますが。

そして、自分の世界観や価値観を築きあげてきてくれたのは、好きなものや人の影響がかなり大きいと感じました。たとえば音楽に着目してみると、影響を受けたアーティスト、歌詞に登場する映画のタイトルや言葉の意味、MVの撮影監督、アーティストのTwitterの発言に登場する人やものetc...ひとつとってみても無限に可能性は広がります。そして、思わぬところでそれらが繋がる瞬間がたまらなく好きです。

ただ闇雲に「〜は〜だ」といった情報を発することはつまらないし、むしろ自分の思ったことをゴリゴリねじ込んだものを書きたいと思っているわたしにとって、キュレーションの入門編といえる講座でした。

ちなみにランチのケータリングが食べるのがもったいないくらい華やかでした。MOMOEさんというところです。

https://www.instagram.com/p/BG0k2lsl4CL/

 

グループワーク

またこのワークショップでは、「『箱庭』にぴったりの記事を制作してみる」という課題を2週間にわたってグループで行いました。

なにせグループ行動が大の苦手であるわたしなので、不安でいっぱい。5人グループだったのですが、記事のアイディアを話し合った際はなかなか言葉を発することができませんでした。人見知り乙。とはいえわたしのアイディアが記事のテーマになったので、嬉しかったです。

2週間かけて5人で1本の記事をつくるのですが、それが案外難しかった……というのがいちばんの感想。5人でセクションを分けて、それをグループのうちの1人がまとめて編集します。わたしはその編集を行いました。誤字脱字がなかったのは救いだったのですが、なにせ文体がそれぞれ異なっているため、個性を消さずにどこまで統一感のある記事に仕上げるかがポイント。その点で大きく悩みました。雑誌の編集者の大変さが、身にしみてわかりました。執筆者の個性をだしつつ、ある程度の統一性をどこまで許せるか、そのボーダーラインを定めることは、とても難しい。

記事をメールで提出し終わったときの達成感、ハンパなかったです。肩の荷がストン、と落ちました。

2日目

それぞれのグループが記事を持ち寄り、概要を発表して評定するのが2日目のあらまし。歳を重ねるにつれて人前に出ると緊張するようになってきたので、この癖をどうにか治したいです。伝えたいことをきちんと伝えることができているかどうか、不安だったのですが、喜ばしいことにわたしのグループの記事が優勝*1しました。嬉しすぎてドキドキしたー、はー。自分のつくるものに対して初めて自信を持つことができて、一歩前進したという気分。

そのあと、写真の撮り方についてのレクチャー。カメラも持っておらず、つねにiPhoneのカメラを利用しているという雑なわたしですが、スマホアプリでも充分にきれいな写真を撮れるのだな、と。でも、やっぱりカメラが欲しいな。

カメラを使って試しに外の光景を撮影してみようという課題もありました。カメラを使うことで、普段何気なく思っていたものが輝いてみえるときがあるんだと実感。面白い世界は案外手のひらのなかにあるのかもしれません。

ぜひ

知り合いもたくさんでき、そしてなによりも学ぶことばかりの実りある2日間でした。2万円弱でこれだけの経験ができるなんて、お得だと思います。自分の得意範囲が何であるかを再確認でき、かつ思ったことを文字にすることの大切さをワークショップから得ました。

旅をして世界の大きさに圧倒されることも素晴らしいけれども、半径1メートル以内にも心を駆り立ててくれるものがたくさんあるはず。ノウハウのみならず物事の考え方をおしえてくれる濃厚な時間です。『箱庭のガッコウ』、ぜひ。

 

0702 TOUR16-17 FROM DEPRESSION TO ________ [mode of VULGAR] @新木場STUDIO COAST

https://www.instagram.com/p/BHW3SlrhUjf/

ただいま、DIR EN GREY

 

わたしにとって最初で最後のVULGARツアーに行ってきました。悔しいことに先行でチケットが取れず……だったのですが、幸運ながらに譲ってもらえました。ありがたい。

主に『VULGAR』から選曲されたセットリスト。私のなかでVULGARと鬼葬、MACABRE、そしてWithering to deathは盤面が擦り切れるほど聴いた思い出深いアルバムなので、どうしても行きたかったのです。日武でツアーが発表されたときは、「今年のわたし、死ぬ!」と思ったくらい。

会場の外も中も人でいっぱいで暑苦しかったので、ビールを飲みながらバルコニーから眺めていました。最近は頭も振らないし、拳もあげずにまったり観るのが好きなので。

久しぶりに観たDIR EN GREYは格段にカッコ良かった。

縦横無尽に広がるサウンドスケープ。ときどき音が潰れてしまったり、なんてこともあったのですが、DIR EN GREYはそれが許されるなあ、と思っていて。潰れた音にも醍醐味がある。不快に感じない。『VULGAR』自体がやや潰れ気味な音だから。

『VULGAR』が発売された当初の音を忠実に再現しているわけではなく、『VULGAR』以降ぐんとバンドとしてめきめき力をつけた現在の彼らが鳴らす『VULGAR』。2008年あたりにファンになった私としてはやっぱり当時の音で聴きたかった気持ちも強いですが、今のDIR EN GREYの鳴らす『VULGAR』を聴けるだけでも幸せだなと思いました。(もうそろそろDIRファンになってから8年なんだなあ……)似たようなことはGAUZEツアーでも感じたのですが。

比較的従来のDIR EN GREYよりも音に厚みがなく、フランクな音でびっくりしました。DUM SPIRO SPEROを引き下げたツアーはかなりずっしりとした音だったので……。今回のVULGARツアーくらいの音がいいな、のりやすいな、と。

3,4年前にはDIR EN GREYのライブを観に全国津々浦々行っていた私なんかが言うのはどうかと思いますが、今まで見てきたバンドのなかでも、DIR EN GREYのファンがいちばんヤバイ(もちろん良い意味で)なと。イカしてるなあって。メンバーとオーディエンスの強固な信頼関係が好きで好きで。それだから、私はディルのライブに行って猛獣の如く煽るメンバーとそれに応えるファンの姿をおとなしく静観するのがたまらなく好きなんです。バンドが表現する音楽やスクリーンだけでなく、ファンのレスポンスもふくめ、わたしが目にしているものすべてがまるで映画のよう。それこそがDIR EN GREYのライブで。(でも、今日はちょっとVRっぽいな、なんて思ったりもしましたが)

「地蔵のように観てやる!」と意地をはっていたのですが、最後の最後でChild Preyが……。「もう思い切り頭振っていいかな?」とはちきれました。最高の夜。

VULGARが好きすぎて、「DIR EN GREY最高!」とか机の上に落書きしていた高校時代が懐かしい(若気の至りかもしれない)。

でも、今日のライブは不思議と懐かしさを感じず、未だかつて観たことのないDIR EN GREYでした。今まではどこか既視感があったのです。GAUZEツアーにしても。真っ白い紙に書きなぐられたよくわからないものたち。これまでもずっとDIR EN GREYのことは好きで好きで仕方なかったのですが最近は離れ気味で。しかし今日ライブを観て、心から「ただいま」と思いました。実家だな。前までとは全然違う実家になってしまったけど、なぜか居心地がよくて安心する場所。おかえりなさい、わたしの青春。

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