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今日もビールがうまい

よくブログタイトルを変えたくなるブログ

0624 首vol.12-Deeper Than Abyss- @梅田AKASO

THE NOVEMBERS

https://www.instagram.com/p/BHB-gCmhoWm/

首@梅田AKASOでした。おつおつ。今年上半期の締めくくりとして相応しいライブでした。

友達が無事高松カラーのFlowers Cutsewを手に入れました。ぱちぱち。

……ということで、ライブから1週間経ちましたが感想を。

今回の首は東京公演にも足を運んだのですが、そのときと出演者は変わらないのになぜか180度異なるものを観れた。ほんとうに、恐ろしいほど180度。たぶん東京も観た人にしかわからないと思う。

ek0.hatenablog.jp

今回の首のタイトルは〈Deeper Than Abyss〉と銘打っていて、「深淵よりも深く」という意味で。

東京では、そのタイトルが示さんとしている「深淵」がのみせる色が黒に近かったのです。たとえば先にあげた記事ではMONOがドラクロワゴヤのような絵画の世界観に似ていたり。暗闇に、そして地の奥底まで落とされた感覚を味わうようなライブでした。

一方で大阪は、そんなイメージを覆す意味での「深淵」をみせてくれた。とくにMONOなんて、私、これが4回目に観るMONOだったのですが、4回目に初めて光がみえたのです。照明がどうたらこうたらではなく。こんなに光の近くに届くようなライブは初めてでした。そして2度目にして初めて気づいた。まさかこのバンドで味わうとは、と思ったのがROTH BART BARONのときで。まばゆい光のなかから差し込む音の粒の美しさよ。「私、音楽に愛されてるな」と心から思いました。これまで何度もライブに足を運んできましたが、こんな経験ができたのは初めて。ぱらぱらと本を読んでいて、たまにほんの些細な言葉が座右の銘になったり、なんてことだってある。そんな予期せぬ出会いをさせてくれたROTH BART BARON。この日のなかで一番輝いていました。THE NOVEMBERS目当てで観に行きましたが、お目当てのバンドよりもぐっときてしまったぶん、少し悔しいと思いつつそれこそが対バンの持つ良さなのかもなと。

終演後のTHE NOVEMBERS小林さんとケンゴさんのツイート。

 

いつだって目当てのバンドが一番でなくてもいい。とはいえ、目当てのバンドが他の追随を許さないほど美しかったら、それはとても最高だ。しかし、最高だと思うアクトのなかにもどこか物足りなさを感じてしまうときもあるし、だからこそ何度もライブに行きたくなるものなのかもしれない。

蛇足ですが、最近イギリスの調査で明らかになったこととして、ライブの収益が右肩上がりになっているということ。 ストリーミングやダウンロードが惜しくもCDやレコードよりも台頭するようになる傍ら、根源的な欲望(生の音楽)を求めるためライブに行く人口が増えたのではないかと思います。

私はライブに「楽しさ」よりも「映画のような五感に働きかける美しさ」を求めているので、THE NOVEMBERSのライブはまさにぴったりなもので。初めてライブを観た日から「映画のようだな」と思っていたのですが、昨年『Elegance』リリース記念に行われた土屋昌巳さんとのトークイベントで、土屋昌巳さんが「ベンジーから『まさに映画のようなバンド』と紹介された」とおっしゃっていて。心の中の机をばんばん叩きたくなるほど共感したことを思い出しました。土屋昌巳さんはすごく彼らを言い得ていて。「まだ出会って半年くらいしか経っていないの?」と疑問に思ってしまうほど。そのなかで特に心を抉った言葉が「ここまで音楽に誠実なバンドに出会ったのは初めて」だということ。

その誠実さとひたむきさが、今回の首vol.12でとりわけ露わになっていました。私は甘口よりも辛口でものごとを見てしまうたちなので「いつも凄くカッコいい」なんて言えないのですが(そもそも何をもってカッコいいのか、私にとってはまだわからない……)、ただ1つわかることは彼らの音楽の一番の魅力は「美しい」ということ。とくに「美」というかたちにも言葉にも表せない漠然としたものに対して、あらゆる手段を使いつつ向かっている姿が好きなんです。「美しい」って言葉は完成形ではなくて、そこに向かっていくベクトルなんじゃないかな。絶対値が大きければ大きいほど、心身ともに揺さぶってくれる気がします。彼らにはいつまでもそのベクトルの力、そして絶対値の大きさを失って欲しくないなあ、と思います。

正にも負にも向かう、そしてそれは時として生や死にも向かう「美」のベクトル。「美」にたいする飽くなき好奇心(もはや執念に近いのでは)、今のTHE NOVEMBERSはとてもありありと生に満ち溢れているよ。

Flowers Cutsewの洗濯方法について調べてみた

メモ

https://www.instagram.com/p/BGfyjeoF4Nj/

先日購入した手刷りTシャツの取り扱い方法について詳細が記載されていなかったので、洗濯に困っていてなかなか着用できずに困っていて。(かわいいので早く着たい!)

ということで、手刷りTシャツってどんなものがあるか、そして取り扱い方法について調べてみました。

手作りTシャツの種類

こちらのブログによると、手作りTシャツは主に3種類にわかれるとのこと。「アイロンプリント」「サンラバー」、そして「シルクスクリーン」。

nori510.com

上記のブログではアイロンプリントが試されているのだけど、超楽しそう。完成系を見るとデザインの周りに切り抜いた部分の余白の跡がうっすらと写っていて。今回のTシャツにはそのようなものが見られないので、アイロンプリントではないはず。

「サンラバー」は、シールを熱で貼り付けてつくる方法。以下のブログでサンラバーでのTシャツ作成方法が説明されています。

ch.nicovideo.jp

この製法では「サンラバー」とよばれる、あらかじめ色のついたシールを切り取り、アイロンで貼り付けていくようです。

Flowers CutsewはひとつひとつのTシャツで色調の差があるため*1、サンラバーでは到底できないだろうと。

とどのつまり、残されたのは「シルクスクリーン」。工程は下記のようです。

togetter.com

「単色・原色向き」とのことで、今回のTシャツは2色とはいえ青と赤といった原色を使用しているため、シルクスクリーンで作ったのではないかと。

そして、シルクスクリーンの方法は2通りあるみたいです。「ラバープリント」と「昇華印刷」。

  • ラバープリント:ラバーシートをカッティングして高圧プレスで圧着。単色向き。
  • 昇華印刷:昇華用インクで印刷した紙を高圧プレスで圧着。フルカラー向き。

のようです。

こちらのtogetterでは、露光式のシルクスクリーンも紹介されているのですが、こちらはLEDなどの手配や、作成に時間がかかるので、togetterの前半で紹介されている方法で作られたのかも。

こんなに安く、簡単にTシャツって作れるのかとびっくり……。たぶん、仕上がりは作るひとの技量に左右されるんだろうな。私は不器用なので、おそらく失敗してしまうと思うのですが、器用な人の仕上がりはとても良さそう。まさしく、高松さんがめちゃくちゃ得意としそうな仕事だと思いました。笑

また、「出来上がったシルクスクリーンは綺麗に洗っておけば、50~100回は利用できる」とのこと。それゆえ販売枚数が少なかったことも納得できる。無事に買えてよかった。

取り扱い方法について

一番心配だったのが、ほかの洗濯物への色移りで。しかし、どうやらTシャツのインクは乾くまでは水で落ちるが、乾いたら洗濯可能、色移りや色落ちはほぼないのだそうです。ひと安心。

シルクスクリーン製法のTシャツに関しては、洗濯しても問題ないとのこと。しかし、大切に使いたいTシャツなので、念のため洗濯機にいれずに丁寧に洗いたいものです。

imagemagic.co.jp

※とはいえ、あくまでも推測なのでカットソーの手入れについては、個々でいちばん適切だと感じた手段を用いたほうがよさそう。

*1:友だちのために2枚買ったところ、かなり色が異なっていた

0610 首 vol.11 -Deeper Than Abyss- @Shibuya WWW

THE NOVEMBERS

https://www.instagram.com/p/BGfxsk4F4L4/

昨日は『首 vol.11』へ。今回のコンセプトは前回の〈Louder Than War〉とうって変わって、〈Deeper Than Abyss〉。「深淵よりも深く」という意味の今回の首、どのような曲調のセットリストで攻めてくるのだろうか、 とどぎまぎしていた。

Mikikiの鼎談の内容が面白く、時としてこちらの教訓となることも語られていて、「ほんとうに初めて顔をあわせた人たちの会話なの?」と思うくらい濃厚で。そのことも相まってなのか、今回の首に対する期待はさらに高まるばかりだった。

mikiki.tokyo.jp

  • MONO

まるで氷山の嵐のようにフロアをかっさらっていくようで。映画的というよりも絵画的な音楽だと感じた。たとえるならばドラクロワゴヤ。品位ある激しさ、だけど音楽の枠を超える重厚なサウンド。そして、どことなくメロディアスで、メロディーが頭にしっかりと焼きつく。

ジョンケージの『4分33秒』が音を鳴らさない音楽としてメタミュージックとよばれているけれども、MONOの音楽も音を鳴らしつつ音という枠を超えているように思う。メタレベルで音を鳴らしている人たち。

  • ROTH BART BARON

楽曲を聴けずじまいでライブ当日を迎えてしまって。とはいえ、それがむしろ良かった。ステージにセッティングされていく楽器たちーキーボード、そして驚くべきことにトランペットまでもーを眺めるだけでも、「この先どんな音が鳴るんだろう」という好奇心で満ち満ちた時間で。

そして音が鳴り響く。予想のかなり斜め上の音楽で、一瞬「はたして〈Deeper Than Abyss〉というコンセプトに沿ったバンドなのか?」と疑問に思ってしまって。そこからまじまじと彼らのアクトを観つつ。

「ああ、なるほど。」と私のなかでようやく結論が出て。今回の〈Deeper Than Abyss〉に対して、深くまで沈むようなバンドを寄せ集めるのかなあ、とずっと先入観を抱いていた私。しかしながら、「深淵よりも深く」にこめられたものは、「崇高性」だとか「人の力ではどうしようもできない美」なのだと思った。

ROTH BART BARONの楽曲を聴きながら思ったのは、大草原。海外でアクトをしながら得てきた彼ら独自が生みだしたのびやかなサウンド。とはいえ、「牧歌的」という平和なイメージではなく、アイデンティティーを見つけながらそれを守っていくような強さを感じた。

タイトルに抱いていた先入観を覆し、それどころかタイトルの意味をさらに引き立たせるようなスパイスを加えて行われたこの3マン。面白すぎる。そのようなセレクトをしたTHE NOVEMBERSのメンバーの炯眼に感服。

あまりにも凄まじいMONOの音圧に対して、どのくらいの武器で挑んでくるんだろうとどきどき……。dipの「human flow」から始まり、新曲へ。やわらかく輪郭の淡い曲たち。そして、「keep me keep me keep me」。ROTH BART BARONの雰囲気をほんのりと残していく楽曲たち。陽光に包まれるような音にただただ見とれていた。

日差しがやわらかい朝の窓際を思わせる流れから、一気に谷底へ落とすトリガーとなった「Fiedel」。ゆるやかなメロディーなのに、荒々しく奏でられるケンゴさんのカッティングが最高。それに続く新曲は久しぶりにケンゴさんのギターからはじまる曲。(『Elegance』は小林さんのギターが目立つ曲が多かったな、という印象だったので) ケンゴファンの私、歓喜。そのうえ、その次には「dysphoria」がやってくるものだから、まるでDIR EN GREYの「THE ⅲRD EMPIRE」が2回連続で流れたときの私のようなテンション。(細かすぎて伝わらねえよ) キレッキレすぎて世界の果てはここだな、と確信した。

終盤の『Blood Music.1985』、そしてそれに続く新曲の流れは圧巻。呼吸をするどころじゃない。大地の裂け目に飲み込まれて、ずどーん、とマントル*1まで落とされてしまったような感覚。太陽なんてもはや見えない。ムルソーどころじゃない。そんなところまで落とされてしまったら、神様なんてもはやいないに違いないと思ってしまうよね、と感じた。あまりにも大きすぎるスケールで奏でられる音と、そこから繰り広げられるイメージに乖離なんてなかった。満腹。

こういう音を聴いているほうもとても浄化される気分になるのだから、演奏している側はさぞ気持ちいいのかも。

アンコールは「今日も生きたね」。最近あることを考えながらこの曲を聴いていたのだけど、発売から2年経ってやっとこの曲の言わんとしていることを掴むことができた気がする。

君の事ばかり考えているわけじゃないけれど

自分の事と同じくらい君の事を考えているわけじゃないよ今も

 

 

 

 Flowers Cutsewがキュートすぎて久しぶりにバンドのTシャツを購入するなど。

https://www.instagram.com/p/BGfyjeoF4Nj/

 

これを書いている途中に新譜『Hallelujah』の発売と、11月11日の新木場STUDIO COAST公演の発表が。嬉嬉。11周年を盛大に祝いたい限り。なにせ次に1が揃うときなんて111周年目なんだから。

*1:どうやら地球ってマントルよりもさらに深い層があるみたいです。

0609 SUGIZO vs INORAN presents BEST BOUT~L2/5~ @Zepp DiveCity

https://www.instagram.com/p/BGbhT1Wl4Kx/

ずっと行ってみたかったアーティストベスト3に入っていたINORANSUGIZOのソロ。まさか対バンというかたちで観ることができるとは、なんて幸せなんだろうと思った。

開演直前まで予定が入っていたので、開演に間に合うかどうか分からず……。東京テレポート駅に着いたとたんダッシュでハコまで向かって。すると「フードコート内めっちゃ黒いやん!」って。開場時間が押していて、まだFCチケットのお客さんすら呼ばれていないようで。ひと安心、と思ったらすぐ横をDIR EN GREYのShinyaさんが通りすぎてびっくり。Shinyaさんをライブ以外で見かけるのは3回目なのですが、やっぱり細かった。

会場に入ってPA前へ。正直Zepp DiverCityの音響はあまり好きではないので、音がどうなるのかずっと不安で。しかし、それ以上に観たいと長年思っていたアーティストの2マンだから期待のほうが大きかった。

19:45くらいに開演。紗幕にSUGIZOINORANのふたりのシルエットが大きく浮かび上がった。ヴァイオリンとギターの絡み合う旋律。空間的を舞う粒子のような音を奏でるINORANのギターと、ずっしりと重厚なSUGIZOのギター。ふたつの音は対照的だけど、合わさると万華鏡のように華やか。化学反応のよう。

「お互い同じバンド(LUNA SEA)のメンバーだけど、ライバルみたいな存在」といったようなことを言っていたはず。(うろ覚え)

それだからか、攻めるセットリスト。個人的に「千年花」が聴きたかったなあ……。私、この季節になると『apocalypse』をひたすら聴きたくなるので。ちなみにそのアルバムからは「Rightaway」が。サイダーのように爽やかなイメージだったのですが、ライブで聴くと予想以上にエッジが効いていてびっくり。

骨太なドラムとベースに、寄せては返す波のようなカッティング。爽やかなんだけど、ヘヴィー。麝香のただよう音。INORANのギターの音色っていいにおいがする。

SUGIZOを迎えて演奏された「raize」。私がLUNA SEAを好きな大きな理由はギターにあるのだけど、やっぱりこの2人のギターは至高だと思う。

LUNA SEAの「gravity」こそINORAN曲のなかで群を抜けて好きなんだけど、インタヴューでJがINORANに対して言っていたこの言葉がまさに言い得て妙。

あの澄んだ感じは、カミソリで切られちゃう感覚と似ていて、凄く冷たいじゃない。でも、切られた後には凄く熱を持つ事になる。(中略)そういった意味では、INORANって怖いヤツだよね(笑)

アンビエントで爽やかなサウンドを響かせるかたわら、鋭さを隠しもつ彼の楽曲が大好きだと改めて感じた。

『COSMOSCAPE』の世界に圧倒されてから早6年……。ようやく生で聴けたというよろこびでいっぱいで。

INORANのMCで「SUGIちゃんは俺よりも才能あって、性格も良くて。ただちょっと時間は守らないけど(笑)。」と言っていて。今回はSUGIZOのほうが圧勝だったな、という印象。ぐっと引き込まれるものがあった。

月並みな言葉では到底語れないほど、今まで体験したことのない音楽体験だった。VJも音も難解で。四つ打ちのテンポの踊れる楽曲が多かったのだけど、踊るどころじゃない。スクリーンに釘付けとはいえ、映画を観ているような感覚でもない。頭のなかの世界が飛び出しているような感覚。「え、私いまどこにいるの?!」と思った。もはや麻薬のような音楽。生や死をも圧倒するくらい、未知の世界へと誘ってくれる世界だった。民族音楽アンビエント、ロック、サイケデリック……あらゆる音楽が融合したポリフォニックな音楽。VR技術をつかったライブを行うともっと楽しそうな予感がしてならない。

12月にワンマンの東名阪ツアーが行われるようなので、とても楽しみで仕方がない。8月にリリースされるデジタルシングルは「Life on mars?」はデヴィッドボウイのカバーなのかな……?

0521 首 vol.10 -Louder than Bombs- @代官山UNIT

THE NOVEMBERS

https://www.instagram.com/p/BFq-AdyF4ON/

「いつ書こうか、いつ書こうか……」と、焦りながらようやくキーボードをカタカタできるこの幸せたるや。

THE NOVEMBERS自主企画『首』に足を運ぶのは、これが2度目。昨年の大阪でKlan AileenとLOSTAGEを交えて行われた『首』のクオリティーがあまりにも高かったので、とても楽しみにしていました。

タイトルは『Louder than Bombs』。The Smithsのアルバムタイトルとおなじ。奇しくも首の翌日の5月22日はモリッシーの誕生日だったりする。

そのタイトル通り、けたたましい爆破音よりも鋭敏でクールで、上品なノイズの海と化していた。

「私、初っ端からこんなに音を浴びてもいいの……!?」というほどに、濃厚で強靭な音にやられた。がっしがしに積み重ねられた要塞のようなアンプ。まさに、極上爆音。

Borisのアクトは、陸での砲撃戦のイメージ。広大な大地で繰り広げられる銃撃戦をこの目で見ているよう。映画で戦闘シーンを観ているような感覚に似ている。たとえるならばそれは、ゴダールの『アワーミュージック』の天国篇のようで。ただひたすら、戦う人たち、そして戦いによって殺されていく人たちを傍観している。最初は凄惨な映像に目を背けたくなるのに、慣れてくると麻痺してくる。

Borisの創り出す音も、まさにそのように聴こえた。耳をつん裂くような鋭利な音に対して耳が慣れないうちは戸惑いを隠せずにいるけれども、慣れていくにしたがってどんどん気持ちよくなっていく。この気持ちよさが絶頂に達したときにアクトがプツンと終わる、この瞬間もまた最高。

  • Klan Aileen

ほかの2バンドと異なり、轟音を掻き鳴らすわけでもないのに、今回の首のタイトルにぴったりなバンドだと感じた。

Borisが陸だとすれば、Klan Aileenは空。

空中にぶらりと吊る下がったような気分になる楽曲たち。雲の隙間から戦争を見ているような、そんな気分になった。

「今日一番カッコいいのは僕らです」

最後の曲を演奏する前のボーカルの一言が忘れられない。

ここはまさしく海だな、とまっさきに思った。

四方八方を海に囲まれて、敵に襲われても逃げることができない海。でも、穏やかな表情をみせるときの海はこの上なく美しいもので。

これまでの2バンドは戦争を傍観しているような感覚だったのに対して、THE NOVEMBERSのアクトは自らが戦争に加わっているような、音という名の弾丸を思い切り肌に感じた。

「永遠の複製」で辺り一面を靄がたちこめて、弾丸のにおいを漂わせる。ちょっと焼け焦げたようなにおいが鼻をつつく。「鉄の夢」、そしてそれに引き続く2曲の新曲で完全に酔いがまわるほどに、激しく身を灼く獰猛な叫びと熱気。

熱さを冷ますかのように「Sky Crawlers」。死体のように青白く、冷たく、無機質な曲。映画の『スカイクロラ』を初めて観たときのような、冷淡さ。なんだか言葉で言い表せないけれども、その冷淡さが逆に心地よかったりする。「静謐」と交わされる、静謐な会話。

極めつけの「236745981」は至高だった。今日この曲を聴くためだけに来た、といっても過言でないくらい。規則ただしいリズムは、まるで全身に弾丸で穴を空けられているかのよう。血はまったく出ていないし、どこにも傷なんてないのに。(もちろんだけど) 生まれて初めて「私、こんなライブが観たくって仕方がなかったんだ。今までずっと。」と思った。この世のなかで一番平和的な爆弾、それは音楽なのかもしれない。まるで戦争に巻き込まれてしまったかのような轟音に巻き込まれながら、味わう恍惚。絶え間なく降り注ぐ閃光。こういうものはいつでも観れないからこそ、それが持つ純度は高まるものなんだなあ、としみじみ。

 

www.youtube.com

『緑の光線』/エリック・ロメール(1986)

映画

https://www.instagram.com/p/BGT0vMyl4PA/

20160606 at 角川シネマ有楽町

周囲で好評だったので、ロメール特集へ。

タイトルに「緑」という言葉がついているように、生い茂る葉や服、街のカフェのパラソルといったあらゆる場所に緑が散りばめられていた。とはいえ、不思議にも登場人物たちが着ている服の色は赤や青が多かったな、と感じた。しかし、とりわけこの映画で描かれる緑はさまざまな色調をもつ緑で。それは青に近い緑だったり、赤に近い緑だったり……。そして、どの色も物憂げな雰囲気をもっていた。

主人公のデルフィーヌ(マリー・リヴィエール)は、いわゆる「こじらせ女子」で。「私なんて愛される価値なんてないの」と思っている女の子。綺麗なのにもったいない。少しだけ男性不信な側面も持っていて。対照的に友人のレナは男を引き寄せるテクニックを知っている女の子。レナはデルフィーヌに「恋とはゲームのようなものよ」と恋愛法を伝授する。でも、デルフィーヌはそれを受け入れることができずに、駆け出してしまう。そんなデルフィーヌの自分の感情に正直で、恋愛に対する理想が高くて、不器用なところがいじらしい。

作品を通して頻繁に視界に入りこむ緑は愛の象徴なんだと思う。男女問わず愛されているデルフィーヌをつつんでいる緑色。だけど、不器用だからその愛情に素直にこたえることができなくて、いつも孤独を感じている。(孤独にたえきれずに、濡れた子犬のようにふるえながらむせび泣くデルフィーヌに自分を重ねてしまったひとも多いと思う。) 孤独と手をくみながら、そしてときに孤独を恐れるデルフィーヌがしだいに愛を臆することなく受け入れていく物語。

わたしはデルフィーヌのまっすぐでしとやかな瞳に終始くぎづけだった。

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「ゴダールと政治」@ポレポレ東中野

映画

https://www.instagram.com/p/BGN43WLF4I-/

先週の土曜日に「ゴダールと政治」特集を鑑賞。ポレポレ東中野にて。

『ウイークエンド』『ブリティッシュ・サウンズ』『プラウダ(真実)』『イタリアにおける闘争』を。1日に4本映画を観ると肩がこります……。

ジガ・ヴェルトフ集団時代のゴダール作品は非常に難解、と聞いていたので覚悟していたのですが、案の定難しくて途中で眠気に襲われそうになったり。

それでも、映像や言葉のふしぶしにダサさをまったく感じなくてカッコよかった。私がゴダールの映画を好きな一番の理由は、「よくわからないけれども、カッコいい」ということ。それに尽きる。そこがいい。

マルクス主義を全面に押しだした『ブリティッシュ・サウンズ』。チェコを舞台に繰り広げられる『プラウダ』、映像が不自然に切り離され黒画面が入りこむ『イタリアにおける闘争』。その背後にあるジガ・ヴェルトフ集団の根幹たるものを理解するにつれて、この映画たちはさらに美味しさを増すのだと思う。知的好奇心を刺激させてくれる映画の数々。

政治的メッセージの強い作品に挟まれつつ、観る者に笑いを与えてくれた『ウイークエンド』。車がぶつかる音、クラクション、色あせた車体……色もセリフも音も超ノイジー&クレイジー! 「ゴダールが『マッドマックス 怒りのデス・ロード』を撮ったらこんな感じになるのかな」とか思ったり。森の中で出会ったメルヘンチックな衣装に身をつつむ少女を燃やしてしまったり、車が羊に変身してしまったり、ファンタジックさを前面にだしつつ、政治的メッセージをオブラートに包んでいると感じた。とくに終盤の食人集団セーヌ=エ=オワーズ県解放戦線のシーン。車といった資本主義社会の産物がみるみる破壊された結末に姿をあらわす、国家が消滅したあとの自治的な社会を描いているんだなと思った。

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『ウイークエンド』で一番美しいと感じたシーンは、ポール・ジェゴフによるモーツァルトピアノソナタK.576の演奏シーンで。つきぬけるような青空のもと響き渡る軽快なメロディーは、陰惨な結末を知らないほどに無垢。このようなシーンがストーリー中に組み込まれていても何ひとつとして違和感を与えないところが、もう、本当にカッコいい。