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今日もビールがうまい

よくブログタイトルを変えたくなるブログ

0212 THE NOVEMBERS Yoshiki presents「Modern Covers」at 新代田FEVER

THE NOVEMBERS

https://www.instagram.com/p/BQ2WmfoBz-8/

2017年初めてのFEVER。初めての更新。(90日以上更新しないと広告が表示される仕組みだなんて知らなかったヨ)

THE NOVEMBERSのメンバープロデュースワンマン初日、吉木さんプロデュースデイを。テーマは他アーティストのカバー。あとドレスコードは黒禁止。あまり黒い服を着てライブに行かない身ですが、「そうかそうか」と思ってクローゼット見たら驚いたよね、服がない。今年の目標は服に興味を持つことかもな。

1曲目からRideのDreams burn downで脳天フル回転させられてしまった。NOVEMBERSを初めて観たときのSEなんだもの。そこからのMisstopia。ぶち抜かれるってよりも、当時の記憶がまざまざと蘇る。

NOVEMBERSの系譜を振り返るようなセットリストだったといっても過言ではない。Charaの「話してその尊い未来を」は、2013年の出来事だし、Back Drop Bombのカバーは2014年。懐かしさが溢れる。そして、私も歳をとっているけれども、思えばバンドも歳を重ねているんだなってことにも気付かされる。

そしてhide「DOUBT」から黒い虹へと繋がり、「dysphoria」「1000年」と胸ぐらを掴まれる。『Hallelujah』がリリースされた頃、「1000年」はhideへのオマージュであると小林さんがTwitterで呟いていたことを思い出した。

THE NOVEMBERSを形作るものの片鱗がみえた。音楽(ひいては芸術全般)は要するに先人の模倣の歴史なのだろう。体のなかに染み付いた記憶が結びつき、新しい記憶を誘発していく。根本のフォームが変奏されながら複雑化していく。音楽は時間の芸術でもあり、さらにライブはそこに空間軸が加わる。ライブって、途方もない空間を彷徨う砂のようなミクロな感覚なのかもしれない。

思えば去年のCOASTを終え、何度かNOVEMBERSのライブに足を運んでいたけれども「何かが足りない」、そんなことをふと考えさせられることがしばしばあった。埋まらないピースを探すかのような所在ない感覚といえる。楽しいけれども何かが違う、といった。

しかし、1ヶ月ぶりにNOVEMBERSを観て「あ、埋まった」と思った。胸をなでおろした。彼らのライブをかれこれ4年ほど観てきて私がこの頃感じていることは、「鈍感さも受け入れている」ということ。

バンドにおける鋭さは本当に大切で、それだからこそ聴き手を魅了できるに違いない。手を変え品を変えガンガン攻めていく姿勢。しかし、実は「鈍さ」もある程度必要なのでは?と、私は思う。自分たちのできる範囲を客観視し、守っていく姿勢。その一段階を経てバンドは熟し、新たなステップへ昇ることができる。

おそらく今のNOVEMBERSは、攻めというよりも着実に周囲を固めている時期なのだと思う。そして、そこから取捨選択して、またガンガン攻めていくだろう。ときに取捨選択において、今まで鎧だと思っていたものが要らないものとなることもあるだろう。そのようなバンドにおけるダイナミックな変化が、やっぱりたまらないんだよな。でも一方で、じわじわとバンドが熟していく姿をみるのも、たまらないんだよな。

ひとつのバンドを観つづけると、音楽性はもちろんだけど1人の人間の人生をトレースできているようで、味わい深い。飽き性の私がここまで没頭できる存在があることに驚きを感じている。